コラム

看護師になりたくなかった私が、はじめて「看護は素敵」だと思った瞬間。

こんにちは!

今回は、「私が経験した実習で心に残っているもの」をテーマにコラムのように書いていければと思っております♪

すべての患者さんについて書くことができないので、出会えた患者さんへの感謝の気持ちも込めて、1枠とることにしてみました。

個人を特定できる情報を伏せたり、記憶をたどりながら書くので、多少違ったり状況がおかしいところがあるかもしれませんが、ご了承ください。

 

はじめての受け持ち患者さん

この患者さんは、就職の小論文でも書かせていただいた、私の人生史上、はじめての受け持ち患者さんです。

私は幸いなことに、大学卒業まで、近い身内の死に目に立ち会うことはありませんでした。ましてや終末期にある家族もみたこと・はありません。

そんな私が1年目の夏、初めて受け持ったのは、超高齢者の方。高齢のため、体力もほとんどなく、感染症に何度もかかり、免疫機能も低下・破綻していて、循環動態も日に日に低迷。

 

終末期看護に移行となりました。

 

なかなか気難しい方で、担当看護師に対しても会話はほとんどなし。家族に対しては、少しお話するようなのですが、家族は忙しくてなかなか来れないようでした。

あまりに、ずっとむす~っとしていらっしゃる方だったので、

「初めて持つ患者さんってもっと学生に優しい人じゃないの!?」とひっそり指導者さんを恨んでた記憶があります。

 

看護学生1年目。先輩たちのような素晴らしい看護ができるわけがありません。

…ましてや思いつくわけもありません。

 

「寄り添う力」も看護のひとつ

結果、私がしたことは、「一緒にいた」だけです。

特に処置がない時も、部屋をそーっとのぞきにいって、苦しそうな表情をみて、ただただ背中をさすってあげました。そうするといつも顔が少し和らいで、うとうとされていました。

まさに学生だからこそできる看護をしたように、今は思います。

 

ある日、朝いつも通りあいさつに行くと、今まで話しかけられたことなかった患者さんから、「顔を拭きたい」と、小さい声でお願いされました。

はじめて話しかけてくれた・・・!!

あの時の感動は忘れません。

 

それから毎朝、あたたかくしたタオルで顔拭きをすることを習慣にした結果、あんなにむすっとしてた患者さんが、笑顔で迎えてくれるようになりました。

 

そして、実習最終日のお別れの日には、「忙しいのに、いつも一緒にいてくれてありがとう。」と、しんどい身体を起こしながら、泣きながら伝えてくれて、私も号泣しました。

 

風のうわさでは、その2週間後には、旅立たれたそうです。

 

きっと優しい患者さんだから、忙しい看護師さんにしてほしいことも言えず、痛みとさみしさを我慢した結果、話さなくなったり、むすっとした顔で耐えることになったのだと思います。

 

「〇〇さんらしい看護ができたね」と、先生や看護師さんに言われました。

 

特に何かをしてあげたわけじゃなかった。

ただただ私がそばにいてあげたからいただけなのに。

 

「こういうのも看護っていうのか。」

座学で教えられる看護ではない実際の看護にとても感動したのと同時に、悶々としてた自分のなかに新しい風が吹いてくるのを感じた初めての実習でした。

 

卒業した今も、私の原点は今も変わらない

あれから何年もたち、ICUという忙しい職場に配属され、なかなか学生の時ほど、寄り添いたいときに寄り添ってあげることができないジレンマに、悲しくなる時もありました。

私のしていることは本当に看護なのかと悩むことも増えました。

 

でも、昔にはなかった知識や技術とともに、看護師・保健師として、形は変えつつも、誰かに寄り添うという原点は忘れないようにして、日々勉強したり、意識して寄り添う時間を作るようにして働いています。

私は学生時代にこのような経験をしたからこそ、そこを原点として、折れずに自分らしい看護を貫き通してきましたが、看護における価値観・大切なところは人それぞれです。

何かひとつでも自分にとっての看護ってこういうことかな、と思える経験や体験がみつかると、自分らしい看護に味が出るのかなと感じています。

看護学生さん、新卒看護師・保健師さんには、いろいろな体験をして、自分らしさを忘れずに働くことができる、原点となる体験や経験をたくさんたくさん作ってほしいと願っています。